観光スポット

臨済宗大本山 東福寺

東福寺 通天橋

東福寺 情報

住所:京都市東山区本町15-778

TEL:075-561-0087

宗派:臨済宗東福寺派大本山

拝観:境内自由。

通天橋·開山堂拝観400円

方丈庭園400円、9~16時(11月は~16時30分)

交通:市バス東福寺から徒歩5分。

またはJR奈良線、京阪本線東福寺駅から徒歩10分。

三門は京阪鳥羽街道駅から徒歩10分

東福寺見どころまとめ

東福寺見どころ1:三門

東福寺見どころ1:三門

室町時代(応永12年)
南北朝時代の建武元年(1334)に焼失した二階楼門の後身として、至徳2年(1385)に造営が始まり、応永12年頃(1405)に完成したといわれる。

五間三戸、二階二重門で、現存する禅宗寺院の三門としてはわが国最古で最大のものである。

面白いのは建築様式は禅宗様ではなく大仏様を基本としていることである。

二階正面に足利義持筆の「玅雲閣」の扁額が掲げられ、天井には明兆の絵画が描かれている。

東福寺見どころ2:禅堂

東福寺:禅堂

東福寺法堂の西南に位置して建つ、正面七間に奥行四間切妻造、本瓦葺きの堂々たる禅堂である。

禅堂は中世禅宗寺院における禅僧たちが日夜坐禅修道の場として重要であった。

これは建武元年(1334)伽藍焼失後に再建されたものであるが、室町時代初期の建築になるわが国最古で中世唯一の僧堂建築として貴重である。

かつて正面には円爾の中国での師無準師範の筆になる「選仏場」の扁額が掲げられていたので、別名選仏場とも称される。

東福寺見どころ3:東司

東福寺:東司

東司とは東浄(とうちん)ともいい、いわゆる禅宗でいう便所のことである。

東福寺の東司は、桁行七間、梁間四間の一重切妻造、本瓦葺きの堂々とした建物である。

禅宗寺院では七堂伽藍の一つに数えられるもので、三門の斜め前方に浴室と対置して建つ。

室町時代前期に建立された東福寺の東司は、現存するものとしてはわが国最古最大のもので、多くの修禅僧で賑わった往時を伝えるものである。

 

東福寺見どころ4:浴室

◆重文室町時代(長禄3年)
三門の東方に東司と対置して建てられる。

桁行三間、梁間四間で、一重の正面入母屋造で背面が切妻造の本瓦葺き建築である。

浴室も禅宗寺院では七堂伽藍の一つとして重要な建物であり、入浴作法も厳格な決まりがあった。

通常は鉄釜で沸かした湯を湯船に入れて、湯を身体に掛けて身を清めた。

東福寺のものは、屋根瓦に長禄3年(1459)の銘文があり、東大寺の大湯屋永15年、1408)に次いで古いものである。

東福寺見どころ5:法堂(仏殿)

東福寺:法堂(仏殿)

東福寺法堂(はっとう)は明治14年(1881)の火災で焼失し、40年以上の歳月を経て昭和9年(1934)に再建された。

入母屋造、本瓦葺きの建物で、総高26m、間口41m、奥行30mの壮大な木造建造物である。

天井画雲龍図は堂本印象の渾身の作で、毎年3月14.15·16日の涅槃会(ねはんえ)には明兆作の大涅槃図が須弥壇上に懸けられる。

東福寺見どころ6:方丈北庭

東福寺:方丈北庭

桃山時代に安芸国(広島県)の東福寺派寺院の僧侶であった安国寺恵瓊(えけい)の尽力によって建てられた方丈は、法堂などとともに明治14年(1881)に焼失した。

現在の方丈は明治23年の再建になるもので、正面の唐門は同42年、庫裏は同43年に治天皇皇后であった昭憲皇太后の恩賜により再建されたものある。

方丈には東西南北四庭園がある。

北庭(裏庭)は石を市松模様に配し、通天紅葉の錦織りなす景観を借り、苔との妙が調和して美しい。

東福寺見どころ7:通天橋

東福寺 通天橋

東福寺境内および塔頭は北谷·中谷·南谷の三つの小渓谷を巧みに取り入れて建
てられている。

そのうち中谷を流れる三の橋川(洗玉澗)に三つの木造の楼廓橋が
かかる。

上から庫裏の背後に位置する龍吟庵(りょうぎんあん)の手前の偃月橋(えげつきょう) (慶長8年、1603 )、方丈と開山堂を結ぶ通天橋(昭和36年再建)、本山の塀の外にあって北谷の諸塔頭を結ぶ臥雲橋(がうんきょう)(弘化4年、1847)であり、紅葉の季節はもちろん、春夏秋冬それぞれに趣ある風情を見せる。